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シェアブックス スタッフが送るたわいもない日記
横浜市泉区での出張買取記を。
電話で本・漫画・DVD・CDが合わせて2000点程あるから買取に来てほしいと連絡が来た。
ある程度電話で打ち合わせをしてから、約束の日時に買取りに向かう。
インターフォンを鳴らすと、思っていたより年配の依頼主が爽やかな笑顔で迎え入れてくれた。
玄関を開ける前に「定年を機に引越しをするんですけど、家の中が凄い事になっているんですよ」と依頼主。
何が凄いんだろうと思いながらも「2.3千点程なら慣れてますので大丈夫ですよ」と言い玄関を開けた。
ドアを開けたと同時に僕は絶句し、数秒前に言った自分の言葉を早くも撤回した。
床一面にびっしりと本や漫画が平積みされている。
本の隙間をつま先立ちで歩いて、家主にしか分からない足の置き場を真似して移動しながら、まずは1階の状況を確認した。
リビング・キッチン・洗面所まで目の届く範囲の床一面に本が平積みされている。
時折積んである本に足が当たり、崩れた本を置き直すという作業を繰り返しながら確認していく。
1階だけでも軽く5千冊はありそうだ。
次は2階だが、階段の左側は本の置き場とかしていて右側を上っていかないといけない。
2階も予想通り全ての部屋と廊下に本・漫画・CD・DVD・フィギュア等で埋め尽くされている。
このすさまじい状況にしばらく呆然としていたが、これはやるしかないと気合を入れて、一番手前の1階の玄関に置いてある物から片っ端にダンボールに入れていった。
入れていくうちに殆どが未開封品だという事が分かり依頼主に尋ねてみると、「買った時点で満足するので殆ど見てないんですよね」と、この仕事をしているとこの類の人とたまに遭遇する。
コレクターの人なら保存用に新品を買って綺麗に保管されてあったりもするが、この依頼主はコレクターと言うよりも買った時点で満足して封も開けずにその辺にただ置いてあるようにみえた。僕には理解不能だが、そういった人は意外と多く存在している。
年齢の割には最近の物が多く、会話をしていてもあまり歳の差を感じない。
話をしているうちに段々と仲良くなってきて友達のような感じになってきた。
うちらの買取り対象外の物は全て破棄するらしく、その見積もりをするべく業者を呼んでいるらしい。
その業者はもうすぐ来るらしいが、「ネットで適当な所に電話したのですが対応が微妙だったので少し不安なんですよね」と依頼主。
僕はこの仲良くなった、押しに弱そうな依頼主を守らなければと妙な正義感を身にまとい、今からやって来る業者の一挙手一投足を観察する事にした。
しばらくするとチャイムが鳴り、匂いがきつめの香水を付けたお世辞にも清潔感があるとは言えない業者がやってきた。
その業者が乗ってきた車を見ると、わナンバー(レンタカー)のトラックだった。
レンタカーといい、ビジュアルといい、絵に描いたような胡散臭さの業者だったので、この業者が法外な値段を見積もりしていたら絶対に断るように勧めようと思っていた。
依頼主と悪徳業者(僕の中では)の話が終わり、帰っていったので直ぐに依頼主の元へ行き見積額を聞いてみると、思っていたより全然安かった。
というか、むしろ普通の業者より安いぐらいだったので、勝手に悪徳業者の位置づけにしていた自分を恥じ、先入観のやっかいさを改めて学んだ。
優良業者さん怪しんでごめんなさい。思い返せば自分も初期の頃は怪しい恰好でレンタカーを走らせて買取に行っていました。。

1階と階段の物を積み終わった時点で、車に積み込んだダンボールは80箱を超えていた。
一度会社に戻り、荷物を下ろして新たに100箱のダンボールを持って行く。
再度現場に戻り、今度は2階に取り掛かる。
2階は2部屋あり、思っていたより大量にあったので、その日に全て持ち帰る事は出来なかった。
後日、改めて取りに行き、全部で200箱以上のダンボールを使用する事となった。
数にして1万点以上の商品を、次の日から査定に取り掛かかったが、全て査定するのに1週間以上かかった。
DVDやCDは昔のアイドルものから最近のアニメまで幅広くあり、殆どが未開封だった。
昔のアイドルの新品未開封品はあまりお目にかかる事がないので貴重な買取となった。
漫画も殆ど未開封だったが保管の仕方が悪く、曲がりがある本が多かったのが少し残念だったが。
査定結果を伝えるとものすごく丁寧にお礼を言われ、少し恐縮してしまった。
これからの仕分けと出品作業を考えるとゾッとするが、嬉しい悲鳴なので楽しく取り組んでいきたい。

本・漫画・DVD・ゲームの出張買取と宅配買取は是非シェアブックスをご利用ください!

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今冬の1枚
今年もあっという間に終わろうとしている。
歳を重ねていくごとに時間の経過が早く感じるのは何故だろう。
そんな僕をあざ笑うかのように、世の中のテクノロジーはもの凄いスピードで進化している。
今年よく耳にしたのが『IOT』だ。
IOTとは『Internet of Things』の略で様々なモノとインターネットが繋がる事。
現在ではまだまだ少ないが、オンラインの家電等はちらほら見かけるようになってきた。
近い将来、身に着けるモノ・机や椅子等の家具・文房具や日用品もインターネットに繋がっていくかもしれない。
その代表とも言える車のIOT化。自動運転の話題はあちこちで熱を帯びている。
2020年は『5G』サービスが本格的に始まり5G元年になると言われている。
5Gになると、低遅延・高速大容量・同時多接続が可能になり、特に自動運転が5Gの恩恵を受けて次のステージに移行していくようだ。
ホンダは2020年の夏に条件付きでの自動運転車を発売する。
トヨタは「自動車を売るのは辞めて車を使ったサービスを始めますよ」と公言していて、自動運転を利用したサービスを展開していくと噂されている。
街中に無人で自動運転するトヨタの車が周っていて、いつでも好きな時にアプリで呼んで利用出来る日が来るのだろうか。
それが月額パックとかで売り出されたら、ただの移動手段であれば本当に車を買う必要がなくなるかもしれない。 
そうなるとタクシーやバスはどうなるのだろう?とかいろいろと考えてしまう。
1980年代の1Gから約10年ごとにG(世代)が移行してきている。
さらに10年後の6Gになった時には完全に自動運転に移行しているかもしれない。
IOTで社会からデータを集め、AI(人工知能)で分析して、さらにIOTを使って分析結果を社会に還元する。
そういったエコシステムの中での生活をソサエティ5.0と言い、日本政府が提唱して力を入れているらしい。
政府が推進しているのだから、まあ、そうなっていくのかなと感じている。
でも全てのモノがオンラインになると、今までには無かった新たな病気やストレス等の弊害が出てきそうな気もするが…

皆さん、『GAFA』というを総称をご存じだろうか。
ガーファとはGoogle・Amazon・Facebook・Appleの頭文字を取って称される企業群。
この圧倒的な力を持つ4社は世界中のユーザーから莫大なデータを吸い上げて、世界市場を制圧している。
データは現在のデジタル経済にとって、石油に相当する生産要素だと言われており、あらゆる企業間でデータの争奪戦が繰り広げられている。
ビッグデータを持つ企業は、いとも簡単に市場を操り、爆発的な成長を続けている。
そのようなIT4大企業に対して不満を持つ企業が多いのは言うまでもなく、打倒GAFAに力を注いでいる。
そんなGAFA時代の終焉に期待されているのが『ブロックチェーン』だ。
ブロックチェーンと言えば仮想通貨の技術だが、その高度な技術が様々な分野で活用が試みられようとしている。
ブロックチェーンに関して詳細を説明すると、かなり長くなってしまうのでここでは割愛させてもらう。
中央集権型のGAFAとは真逆の非中央集権型と言われるブロックチェーン。
資源であるデータをGAFAに独占されずに社会全体で共有される為にブロックチェーンの仕組みが期待されている。
僕はブロックチェーンの存在を数年前に知り、近い将来必ず世に出てくる革命的な技術だと今でも思っているが、今年も定着する事はなかった。
今回このブログを書こうと思ったのは、今年の9月に出版された「ネクスト・ブロックチェーン」という本を読んだからだが、この本を読んで思ったのは、素晴らしい技術には間違いないが、いろいろと問題や課題も抱えているという事。
その問題がクリアにならなければ、もしかすると世に出てくる事はないかもしれない。
ただ、これからは IOT・AI・ブロックチェーンを中心に物事が動いていき、それらは5Gによってより加速していくと僕は考えている。

好き勝手に書いたが、これは僕の妄想、あるいは願望であり、未来を想像して頭の中で遊ぶ一種のゲームに過ぎない。
ただ、どういった形であれ、時間と共にいろんな物事が変化していく事は、ごく自然な流れだと思っている。
その変化に敏感に反応して対応しようとしている人もいれば、何となくは知っているけど様子を見ている人、気付いてはいるが意に介さない人、はたまた全く気付いていない人等いろんな人がいると思う。
今までそんな技術なしで生活してこれたのだから、知らなくても生活するには何の問題もない。
合理的かつ利便性を求める人もいれば、デジタル社会にとらわれない至ってシンプルな生活を求める人もいる。
自分は前者だが、インターネット上でサービスを行っている以上、ついて行かざるを得ないとも思っている。
その都度ついて行かないと、あっという間に取り残される程、変化のスピードが速いのだ。

インターネットが出始めの頃、その新しい技術を皆さん怪しんではいなかっただろうか?
ガラケーの時代に、スマホが登場して、こんなにも普及するなんて想像出来ていた人はいるだろうか?
未知の新しい技術が入ってこようとすると、懐疑的に考える人が殆どかもしれない。
僕は一昔前に、将来こんな世の中になるなんて想像出来ていなかった。
自分の考えの遥か上を圧倒的なスピードで進化している。
この先どうなるかを考えるのは自由だと思うし、5年後・10年後この世界で何が起きているのか、想像するだけで興奮してしまう。
2020年はいよいよ5G時代へと突入していく。
今後、テクノロジーがどう変化していくのか、楽しみながら日々の生活を過ごしていきたい。

今年も商品を売って頂いたお客様、買って頂いたお客様、本当に有難うございました。
2020年もシェアブックスを宜しくお願い致します!

【現在の社会は決して固定した結晶体ではなく、変化することの可能な、そして常に変化の過程にある有機体なのだ】
カール・マルクス


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渋谷で忘年会
現在の日時は10月12日(土)19:35、避難所でスマホのメモ帳にこれを書き始めた。

今日は朝から買取が入っていたが、台風の為、臨時休業する事にした。
近所にある全てのコンビニは既に閉まっていて、もう何も買う事は出来ない。
テレビでは盛んに命を守る行動を取るように何度も促している。
又、川の様子は決して見に行かないでとの警告も頻繁に流れていた。
しかし、僕の自宅は多摩川沿いにある為、警告をよそに何度も川の様子を見に行った。

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目の前の川の状況が気になって仕方ないのだ。
普段の優美な多摩川の姿はもうそこにはなく、荒々しく攻撃的な川へと変貌していた。
最初に見に行った時は近所の人もチラホラ見かけたが、夕方になるとまるで人気がなく、近隣の車庫からは車が消え、皆何処かに避難してるように感じられた。
僕はこの時点でも避難所に行く事はさらさら考えていなかったが、家の2階から川の状況を確認する度に、氾濫の恐怖と孤独感に苛まされていった。
取りあえず車だけは非難させておこうと田園調布駅近くの駐車場に停めに行く事にした。

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駅に行っても殆ど人と会う事はなく、電車も止まっており、非日常感がひしひしと伝わってくる。
辺りも薄暗くなってきて、雨風がかなり強くなってきた頃には、携帯電話に緊急避難のアラートが頻繁に鳴るようになり、家の周りをスピーカ付きの車が避難を呼びかけはじめた。
17時頃、最後に川の様子を見に行ったら、水位が急上昇しており、荒れ狂って暴れている多摩川の様子を見て恐怖を感じた僕は、高台で駅の近くにある小学校への非難を決意した。

避難するつもりは無かったので何も用意をしていない。
僕は40Lのザックに、着替え・タオル・寝袋・ガス・洗面用具・食料・水・ライト・充電機器を素早く詰め込み、登山用のレインウェアを上下に着用し、ハイカットの登山靴を履いて自宅を後にし、高台にある避難所を目指した。
雨風は既に激しく吹き荒れていて、おそらく傘は何の役にも立たないだろう。
小学校に近づくにつれ、次第に荷物を持って歩いてる人達が増えていき、到着すると受付に列が出来ていた。
名前・住所・年齢を書き込み、指定された場所まで行くと既に人で埋め尽くされていた。
廊下にも多くの人が横たわっていて、キャパオーバー感は否めなかった。

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仕方なく他の場所に行き、下駄箱の一角を確保する事が出来た。
1人だったので丁度良いスペースで、しかも壁で隔離されていてたので、僕だけ個室みたいになっていて意外と快適に過ごす事が出来た。

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周りを見渡すと家族しかいなく、1人で避難してきたのは僕だけではないだろうか。
地域柄そういう事なのだろうが、こういう時は独身ならではの孤独感を感じてしまう。
場所を確保してから避難所内の事を把握しておこうと思い、校内をうろついていたら腕章を付けた係の人が災害用のマットを膨らましていた。
便利な物があるなと思い、声を掛けて一緒に膨らましていたら、何故かそのままマット膨らまし係に就任する事になった。

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20時頃には気象庁が警戒レベル5を発令して、台風もより激しさを増してきた。
朝からあらゆる各地にいる友人達から心配の電話やメールが届いているが、それは今も鳴り止まない。
数年ぶりに連絡が来た友達もいたりして、そこで初めて、「あー自分は今、被災しているんだな」と、強く実感した。

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暴風雨の轟音が断続的に不気味かつ不穏な音で被災者の不安を煽ってくる。
さらに追い打ちをかけるかのように、体に揺れを感じる地震が来た時は、学校内がどよめいた。
地震きっかけで近くにいたおじさんと会話をするようになり、僕が生まれる前の多摩川水害の話をしてくれた。
23時にもなると雨も風も落ち着いてきたように見えたので、受付に行き状況を確認したら、多摩川は夜中の放流があるかもしれないのと、僕が住んでいる地区は既に浸水被害が出ていると言われ、その日の帰宅は断念して寝袋に身を包み、静かに目を閉じた。
朝5時に目が覚め、身支度をして帰ろうとしたら、受付の人が「自宅は入ってませんか?」と、現時点の避難指定の紙を持ってきた。
自宅の番地が思いっきり記載されていたが、「一度帰ってみて駄目そうならまた戻ってきます」と言い残してお世話になった小学校を後にした。

朝の多摩川の水位は普段よりかは上昇しているものの、幾分穏やかさを取り戻していたので少し安心し、朝日が昇り始めたその美しい光景をしばらく眺めていた。

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自宅前の道路は足首辺りまで水がきており、靴を脱いでジーンズを捲り上げて家の中に入った。

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玄関を開けると土間は泥で真っ白になっていて、ここまで浸水していたのかと驚愕した。
しかしギリギリのところで廊下や部屋には浸水しておらず、これがいわゆる床下浸水というやつだなと頭にインプットして、疲弊していた僕はそのまま布団に倒れこみ眠りについた。

今回、被災したおかげで、地域や近所の人達とコミュニケーションを取る事が出来た。
災い転じて福となすといったとこだろうか、これは本当に良かったと思う。
同時に川の近くに住むという事を深く考えさせられた。
この大都会の東京において、多摩川というのは僕にとってオアシスであり、解放感があってゆっくりとした生活を送れる地域だと思っている。
この13年で4回引っ越したが、その内3回は多摩川の近くに住んでいる。
普段は最高に気持ちよく住みやすい環境だと思うが、今回は川の近くに住むデメリットを痛感させられる形となった。
「多摩川愛」が少し揺らいだ台風19号だったが、台風一過の今日の晴天を、この河川敷から目の当たりにすると、10年後も東京にいるのであれば、きっと多摩川の近くに住んでいるんだろうなと思っている。

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